回復を見せるが問題も
一夜明けて、朝9時前には病院に入った。面会時間前ではあるが、重篤な状態のため時間外の面会・付き添いの許可が出ているから問題はない。
私が顔を出すと明らかに反応を示し、口が動く。うめき声のような、唸り声のような声を出して何か言いたそうだ。だが、声量も大きくなってきている。
言語関係で言えば、意識がない→首を振って意思疎通できる(こちらの言っていることを認知し、意思表示できる)→言葉にはなっていないが声をだすことができると、ステップアップしている。
もう一つの変化は、手の動きがスムーズになったこと。前は私が来て手を伸ばそうとするとぶつかったりしていたが、これがコントロールできるようになっている。また、わずかではあるが、指先が動き、指を握ろうともしてきている。
運動系の機能も少し良くなってきていると感じられる。
きっと、赤ん坊が生まれたら、こういう風に
「あ、今日は『パァ~パァ』って言えるようになった!」
とか喜ぶんだろうな…とちょっと思ってしまった。
元気だった人が寝たきりでチューブだらけで…と思うと、悲しく感じるが、赤ん坊になったと思えば、手がかかるのも、日々、進化していくのも楽しく思える。そう思ったほうが精神衛生的にも良いだろう。
赤ん坊と違うのは、それがどこまで回復(進化)するかわからないし、いつ頃回復(進化)するのかわからない点だが、それは考え過ぎないほうがいいだろう。
命が助かったこと、意識が戻ったこと。
一時期の危機的状況から脱したのだから、十分すぎるくらいだと思う。
母の身体の姿勢を変えたり、身体を拭いたりして部屋から出ていた。父は入院手続きを院内でしている。私は一人、談話コーナーで待つ。
看護師さんが処置を終えて呼びに来てくれた。
私「ありがとうございます。私は今日のお昼くらいまでしか居れないので…」
看護師「そうなんですか。」
私「千葉から来たので、明日は仕事もありますし、少し落ち着いてきているので。」
看護師「それは遠くから。」
私「心配なのは、母の様子もそうなんですが、父が頑張りすぎて倒れてしまわないかですね…。一応、『無理しすぎるな』とは言っていますが。」
看護師「それはこちらもできる範囲で注意して見ておくようにします。」
現実問題として、看護師さんが付き添い人のことまでは手が回らないだろうけど、懸念事項だけは話しておいた。残念ながら遠く離れた私には、これくらいのことしかできない。
遠くの親戚より近くの他人とはよく言ったものだ。
母の様子を見ていると、酸素マスクを取ろうとするしぐさがあった。
私「苦しいの?」(首を横にふり、「うぅ~うぅ~~」と言う)
明らかに何か伝えたい様子だがよくわからない。パルスオキシメーター(SpO2)の値は90以上で酸欠や息苦しいとは考えにくい。脈拍も安定しているし、血圧も改善している様子で計器上では異常は見当たらない。
しばらくやり取りをすると…
「喉が乾いた?」(首を縦にふる)
だが、今は絶食で輸液の点滴をしている状態だし、水分管理の問題もあるだろう。嚥下障害がある場合には、肺に水が入ったりする可能性も考えられなくはない。
「看護師さんが来たら聞いてみよう」(首を縦にふる)
看護師さんに聞くと、やはり、まだ水を飲むのはダメだそうな。
そんなやり取りをしていると、急にモニターからアラートが。
パルスオキシメーターの値が90になっている。(どうやら、しきい値は90に設定していた様子だ。)
そのうちナースステーションから来るだろうと思っていたが、なかなか来ない。そうしている間に89、88とゆっくりだが降下してきているのでナースコールを押した。
看護師さんはモニターを見て、鼻と口の吸引をした。鼻水や唾液・痰が詰まっていたようである。
だが、この吸引を母はものすごく嫌がり、点滴をしている腕を大きく振るので、私は腕を掴んで手を握って、
私「吸引しないと息苦しくなるから我慢しよう」(大きく首を横に振る)
私「元気になるためには、ちゃんと吸引しないとね。」(大きく首を横に振る)
私「元気にならないと、とらやの羊羹食べられないよ。嫌でしょ?」(縦に首を振る)
看護師さんも、
看護師「吸引嫌だねー。ごめんねー。」
看護師「でも、これしないと苦しいからねー。」
と声掛けをしながら吸引作業をする。
元気になったせいか、抵抗も激しくて看護師さんも大変そう。本当に大変な仕事ですし、そういう時でも、こうやって声掛けしながら処置をするんだから、やっぱりプロってすごいなーと改めて尊敬しましたよ。
私はせいぜい腕を振って怪我をしないように押さえるくらいしかできませんし。
吸引の途中で息をするために、酸素マスクをつけて落ち着かせる。モニターの数字も93くらいまで戻ってきた。
また吸引すると、激しく抵抗する。本当に看護師さん重労働だし、それでもちゃんと声掛けして対応するし、私にも気を使うし…やっぱりすごいわー。
元気になったのは嬉しいけど、これは本当に困った点ですね…。
私が出るまでの間に、また鼻づまりなのか、パルスオキシメーターの値が90、89と降下してきて、
私「息苦しくない?」(首を横にふる)
私「鼻詰まってない?」(強く首を横に振る)
私「痰詰まってない?」(強く首を横に振る)
明らかに計器の数字が下がっているのに、吸引が嫌なのか「違う」と言い張る(笑)
だが、さすがに87まで降下してきているし、ナースコールを押して看護師さん呼びました。
また、同じように激しく抵抗をするし、そのたびに、とらやの羊羹を出して、
私「ほら、元気にならないと食べれなくなるよー」(首を横に振る)
私「じゃあ、ちゃんと吸引しようねー」(首を強く横に振る)
私「元気になったら、とらやの羊羹食べたいでしょ?」(首を縦に振る)
というやり取りをする。
看護師さんも、
看護師「吸引は嫌だけど、羊羹は食べたいんだよね~」(首を縦に振る)
と、もうギャグみたいになってきているし。
まぁ、あんまり抵抗するのは困ったものだけど、抵抗できるくらい元気になったんだよな…と思うことにしました。
帰る前に
私「もう帰るからね。また来るからね」(首を縦に振るも、目は寂しそうにしている)
と言って帰りました。
親父は駅まで送ると言っていたけど、2人も一度にいなくなると寂しくなるだろうから、そばにいてあげるよう言って私は一人病院を去りました。