実家に戻る
親戚は帰る前に泣きながら、
「元気になるんだよ〜」
なんて言ってたけど、あれ聞いてる方はどう思うんだろう。
なんかさ、今生の別れみたいに聞こえないかな…とか思ってた。
家のことなど何もしなかった親父が母の口元を拭いたり、点滴が刺さっている側の腕を振った時に点滴が抜けないようにしていたり、マメになっててビックリしてた。
ガキの頃は激しい夫婦喧嘩(と言うより、今の時代だとDVと言ったほうがいいかもしれない)をしていて、家中のものを壊したような男とは思えないほどだった。
聞けば、前々から病気で調子の悪かった母の税控除とか役所での手続きとかもやっていたとか。
前なら役所で待つなんて絶対にしなかったのに。必要性や歳を取って丸くなったのかもしれない。
何時間か付き添いをしていると、わずかながら変化を感じる。
前は話しかけると、首を縦か横に振って意思疎通をしていたのだが、「うぅ〜」という声を発するようになった。
手の動きもぎこちなさが消えて、滑らかに動くようにもなっている。手の動きをコントロールできずにベッドの柵にぶつけたりしていたが、それも少しずつだが減っている。
人間の脳って不思議だな。
一時期は意識もなく、医師も「持って数日」という宣告が出ていたのだが、意識が戻り、首を振り、声が出るようになり、手足も動くようになった(片側はまだ動きが鈍いが、それでも少しだが動いている)
モジャ毛の脳科学漫談師ではないが、色々な人が来て、色々な気持ちが湧いてきて、「手を動かそう」「しゃべろう」とし、機能回復につながっているのかもしれない。
ある程度状況も落ち着き、少しずつではあるが、母も眠るようになった。昨日までは、ほとんど眠れなかったようだし、状況も不安定だったようだ。
「じゃあ、今日は帰るね。また明日来るね。」
そう声をかけると、寂しそうな、何か言いたそうな眼差しをして、首を縦に振る。
なんとなく、悪い気がするけど、私も親父もちゃんと休息を取らないと、今度はこっちが倒れてしまう。
長期戦になるなら、長期戦なりの戦い方をしなくてはいけないからね。
久々の実家に帰ると…。
部屋は見事なほど散らかっているし、洗い物は少々放置されているし、裏庭は雑草だらけ。
新しく離れを作ったようだが、これがまた、ものすごく寒いし、トイレは洋式便器を置いたもののドアを閉めるとギリギリ。しかも、水が流れないため、大はNGという困った状態だし、便器も汚れまくってる。これなら管理状態のいい公園のトイレのほうが使い勝手が良いという状態。
大改造○的○フォー○フターによくあるような、木工工作が得意だからといって家の改造をしたとか、あのパターンに似ている。
親父は土木や建築(大工)としての仕事はできるだろうけど、配管工ではないし、設計が出来るわけではない。設計というのは、綺麗に構造物を作るだけではなく、動線とか将来計画を織り込んで、それを構造物に反映させるために図面に起こす作業だと思う。
コンビニで買った弁当をレンジで温めて、色々な話をする。
親父「まさか今日来るとは思わなかったよ。母さんも喜んでるみたいだし、よく来てくれた。」
この一言に救われた気がする。
自分が後悔したくないというのがあったけど、それで皆が喜ぶならば、この判断は最良だったのだろう。
疲れていたので、私は早々と寝てしまった。だが、身体は疲れているし、横になるのだがなかなか眠りにつけない。
一人の部屋で色々なことを思う。
「叶うなら、もう一度、元気だった母のいる頃に戻りたい。」
「いやいや、過ぎたことを言っても仕方ない。今日、お前は『あの時行っておけば』という後悔をしないで済むようにベストを尽くしたじゃないか。それにこれからもまだある。やれることはまだある。」
「これから先、入院が長引いたらどうなるのだろう。医療費の問題、身近な人達(親父や兄弟、親戚)の付き添い疲れ、今の病院がいつまで置いてくれるか…。」
「だが、所詮は離れたところに住む身。遠くの親戚より近くの他人とも言うし、出来ることは限られるんだろうな…。」
「先のことは心配だが、今は良い兆しに希望を見出して行くしかないだろう。」
などなど。
そうしているうちに、いつの間にか眠ってしまったようだ。