大野病院事件、超党派議連が控訴断念を要望
大野病院事件について、論評を避けていた。
今日、主治医と話す機会があったので、医師側の言い分と、私が思う一般の人の言い分の両方が出揃うまでは、公正な記事が書けないと思ったからだ。
まずは、この超党派議連の要望だが、私は、このような行為で検察・司法に介入するのが良いことか疑問である。あくまでも、検察や司法は独立した権限を持ち、その中で真実を見出し、裁くわけで、議員であっても介入してはならないと思う。
確かに社会に与えた影響は大きく、この事件を契機に医療従事者が萎縮することになった。でも、それはそれで、第三者委員会を設置するとか、リピーター医師(何度もミスを繰り返す医師)を排除できるように医師免許の更新制を検討するとか、立法・行政の立場でできることをして、国民が安心して医療を受けられる体制を構築すべきであって、今回のような行動はおかしいと思っている。
では、この事件に関連して、医療事故・ミスと警察の関係について医師に聞いてみた。
病院は比較的、ミスであっても、遺族と揉めるのを回避するために、警察を呼ぶことはあるそうだ。これは、ミスを隠蔽をしない・させないためでもあるし、遺族に対しても納得を得やすくするためでもあるとのこと。(これは病院や医師・診療科の部長級の方針にもよるが。)
この事件で警察が介入することの是非も問題になったが、第三者の立場で調べることで、公正さを保つという役割がある。この点では警察の関与は致し方ないのかもしれない。
刑事事件にすることについては、警察は捜査を行い、遺族に事件をするか確認をするそうで、事件として扱って欲しいと要望を受けたなら、警察もそれに応じるしかなくなる。あとは、検察に送致した上で起訴に値するか、不起訴にすべきかを判断することとなる。
次に、刑事事件にすべきかどうかを聞いてみた。私も医師も余程のことがない限り、刑事事件にすべきではないと思う。
この事件では、診療行為が適切だったかどうかも争点になっているが、あくまで「たら」「れば」の話である。また、医師会を含め多くの医師が、手術の妥当性を主張していることから、診療行為は適切だっただろうと思われる。
刑事事件にすべき事案ならば、悪質な隠蔽や重大な過失に限定されるのではないだろうか。
その一方で、遺族の心情、医療に対する不信感という問題もある。真実を知りたいために刑事事件としたのかもしれない。
ならば、患者と医師の双方が率直に意見を言える関係構築が大事だと思うし、医療過誤に関する裁判では、なかなか協力してくれる(証言してくれる)医師が少ないという話も聞く。
医師に聞けば、こういう場合、「正直なところ関わりたくない」という医師が多いそうだ。やっぱり、仲間内のかばい合い体質、面倒なことに巻き込まれたくないという心情もあるのだろうか。
だが、この体質がある限り、第三者委員会などで、ミスの有無を調査することは難しいのではないかと私は思う。やはり、専門家として医師の知見が調査には必要だが、その医師が身内をかばったり、自己保身を優先するようなら、公正な判断は期待できない。
第三者委員会を設立し、医療過誤について調査・報告し、再発防止をするならば、身分を保証し、独立した権限を与えなくてはいけない。また、第三者委員会が懲罰の場ではなく、事故の内容を分析し、再発させないようにすることを目的とし、刑事罰については悪質な事案を除いて課さないようにしなければ、真実を話してくれなくなるだろう。
事故について大事なのは医師を見せしめのように処罰することではなく、再発しない・させないことだ。それが患者にとっても、医師にとっても幸福なことではないだろうか。
<大野病院医療事故>医師無罪に超党派議連「控訴断念を」
http://news.livedoor.com/article/detail/3795154/