社食のカレーが食えなかった話
昼休みになる。
社食は正午に向かうと非常に混雑している。だから、私は少し時間を置いて、12:05~12:08くらいに席を立つ。
ランチ、それは午後に向けてエネルギーを補給するとともに、仕事場という戦場にあるオアシスである。
社食の入口でメニューを眺める。
そば・うどん、ラーメンは既に人が多くてパス。基本は栄養バランスを考えて定食を食べたいと考えているから、なるべくチョイスしないようにしている。
定食は、ハムカツとタンドリーチキンのものと、鶏のオイスターソース焼き。う~む、よりにもよって鶏かぶりである。
私は鶏肉は嫌いではないが、鶏肉はちゃんと調理しないと、硬い、パサつく等、結構デリケートな食材だと思っている。どちらもあまり期待できそうもない。
そうだ。こういう時の救世主・カレーだ。文句なく今日はカレーだ。
カレーの列に並ぶ。さほど列も長くない。
が、雲行きが怪しくなってくる。
カレールーを必死にかき集めて提供しているのだ。
私のところで終わるか?と思ったら…。
無情にも私の前で終わってしまった。
ああ、愛しき私のカレーが、目の前で…。まるで、大事に大事に育てた我が子がどこの馬の骨かわからぬチャラ男のところに嫁ぐような、そんな気持ちになってしまった。
だが、こうなると選択肢が途端になくなる。
ピラフは、正直、美味しくない。チャーハンだったら、まだ一考の余地があったが、ピラフでは話にならない。
定食2レーンは空いている。
麺類は相変わらずの人だ。
仕方なく、ハムカツとタンドリーチキンの定食に並ぶ。
食わねば午後は戦えない。ここは仕事場という戦場である、食えずにダウンするようであれば、たちまちに敵にやられてしまう。
妥協に妥協を重ねた苦渋の選択である。
ハムカツもタンドリーチキンも嫌いではない。だが、私が避けたのは、そのビジュアルだ。
皿の上に無造作に置かれたハムカツとタンドリーチキン。スカスカで皿の底面がかなり見えている。
心がスカスカのスカスカパラダイスオーケストラになったような気分になる。
せめて、そこは野菜とか、他の何かで空虚な心を埋めるように盛りつけていただきたかった。
そうすれば、ハムカツもタンドリーチキンも皿という舞台で光り輝くメインキャストになれたのに。そう思うと、役者を輝かせる舞台を用意しなかったことが、なんと無念なことか。
しかし、そんな役者たちも、一人楽しく食すれば、いぶし銀のいい仕事をしてくれるはず…だった。
私が、席につき、ホッとしてると、ニタニタと笑いながら、おもちゃメガネがやってきた。
心の中で、(あちゃ…)と頭を抱える。
なぜ、貴殿がここで来るのかー。
私は、今、カレーの恨みをタンドリーチキンで晴らそうとしていたところなのに。
貴殿は私の邪魔をなぜする…。
しかし、腐っても上司である、無碍にするわけにもいかない。
ここは空腹でがっついて食べる私を演じて、速やかに離岸する作戦に出た。
そうだ、俺は、今、猛烈にハムカツに恋しているのだ。君の瞳に恋をしているのだ。そう思うことにした。政略結婚で愛の無い妻を必死で愛そうとするかのように。
だが、無情にもおもちゃメガネが話しだす。
おもちゃメガネ 「最近、体調はどうだ?」
いや、私の体調は皮肉なことにすこぶる絶好調なのである、中畑清もビックリするほどの絶好調なのである。大事なことなので二回言いました。
私 「ええ、調子はバッチリですよ。」
そして、また急いでメシを食う。そうだ、ハムカツという政略結婚の妻にタンドリーチキンという娘がいるじゃないか。
無言のまま、急いで食事をする。
タンドリーチキンからスパイシーな味がする。
すると、急に愛しきカレーを思い出す。
(ああ、なぜ俺は、あと3分早くデスクを出なかったのか。そうしたら、愛しきカレーと今頃はキャッキャウフフできたじゃないか)
メシを食っていて、こんなに敗北感を感じたのは、久しぶりである。
ふと、皿に目をやれば、スカスカのスカスカパラダイスオーケストラ状態。
まるで、今の私の気持ちを示すかの如く、真っ白な皿の底が見える。
離れてわかる、この恋慕の情である。
こうなると、急速にカレーが食べたくなってきた。社食とか給食のカレーは決してスパイシーでもなく、甘すぎず、比較的多くの人に愛される絶妙な辛さとコクがある。
あの誰もを包み込む母のような優しい味のカレーがたまらなく愛しくなってきた。
今夜はカレーを食べたい。だが、こういうカレーはお店になかなかないのである。
お店で出すような本格派とは全く違うジャンルの味なのだ。
こういうカレーを作る女子と今すぐにでも、結婚したいくらい、俺は今、カレーに飢えていて、頭の中がカレーだらけになっている。
ああ、困った。困った困った駒田徳広である。
しかも、明日の社食のカレーはスパイシーなカレーの日である。
どうやら、早くても木曜までは、この空虚な気持ちから抜け出せそうもないようだ。