緊急帰省
病院に着いた。
部屋に入ると親戚が既に見舞いに来ていた。
この親戚もまた、しばらく会っていない間に失明をしていて、車椅子生活になっていた。
小さい頃は家にもよく行っていただけに、それもまたショックだった。
母の姿を見る。
点滴、シリンジポンプがつながっている。心電図&心拍、パルスオキシメーターのケーブルに、顔には酸素マスク、頭上には吸引用の器具も見える。もう完全に重病人スタイルで、ナースステーションのすぐ目の前の病室で扉を開放して、医療スタッフがすぐに駆けつけることができるようになっていた。
声をかけると、首を振って応じる。昨日の夜の話だと意識がなかったそうだから、格段に良くなっている様子だ。だが、言葉を発することもできず、手は片方はよく動くものの、もう片方の手はあまり動かない。脚も同様だ。
よく見ると、動かなくなったのか、大根足はいつの間にか細くなり、余った皮膚がたるんでいる。
どこからどう見ても重病人そのものだった。
その様子に私は言葉を失った。
出発時には、
- 泣かない
- 弱音を吐かない
- ネガティブなことは言わない
- 笑顔で
と決めていたが、やはり、現実を目のあたりにするとショックなものだ。
辛いのは本人であり、近くにいる親父だからね。
こっちが悲しそうな顔をしたり、暗いことを言えば悪影響が出るかもしれない。
まだまだ希望があると思うためにも、私が暗い顔をするわけにはいかないと思ったのだった。
口うるさく、よくしゃべり、よく動く母がベットで横たわり、酸素マスクに医療モニターをつけて点滴を受けている。その様子こそリアルなのだ。
だが、少しずつだが声をかけると、首を縦に振って頷くし、違うときには首を横に振る。
YES/NOの意思表示ができるから、
「痛い?」(首を横に振る)
「大変だったね。」(首を縦に振る)
のような感じで会話はなんとかできる。
親父に話を聞くと、先生は本当に急かすように
「まだ他の人は来ないんですか」
と言っていたそうだ。
その様子から察するに、本当に危険な状態で、いつ亡くなってもおかしくない状況だったのだろう。
だから、最後にできるだけ多くの人に会わせてやりたい。そういう医師の気持ちだったのだろう。
だが、懇切丁寧に説明している時間的猶予もない。
厳しいけど、そういう発言になったのだろう。
そして、看護師を嫌われ役にしないためにも、わざとこの役割を引き受けたのだろう。
看護師が処置をする時に声掛けをする。
「○○さん、体の向きをちょっと変えますからね。」
とか。すると、首を振って反応しだしたことから、
「あれ?これはひょっとして、ひょっとするかもしれない。」
と思ったのだという。
脳の世界は未知の部分も多いだろうし、プロである医師や看護師が予想しないことも起こるのだろう。
そして、この予想外は私達家族・親族にとっては、一筋の光になっていった。